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シースミック・ウィンストン

『メイジカントリー』、『孤高の魔法国』、『最先端の座標』……ここローツエインは、数々の称号を持つ魔導国家である。
魔法と言わず機械と言わずあらゆる技術が集まり、それらを混合させつつも時代を牽引し続ける巨大な国だ。

昼間は遠方へと向かう通信魔法が空を鮮やかに彩り、夜は家々の窓から光が零れ、研究が夜も続いていることを暗示させる。

ローツエインの国民であるということは、時代を追い続けなければならないということ。自分に甘えて足を止めた者から取り残され、淘汰されゆく。
草木も眠る丑三つ時であろうと関係はない。酒、薬剤、催眠魔法――彼らはあらゆる手段を使い、眠りを逃れようとするのである。

何週間にも渡って徹夜を続ける人間はそこかしこにいる。国全体を見下ろすような高地に建築されたその豪邸にも、例外ではなかった。
黄金色をした四階建ての建築物。その最上部にある大窓から夜空へ、と下品な笑い声が響き渡った。

「ひひゃ! ひひゅははははっは! 儂に逆らっておった餓鬼が、遂に折れたわ! 過去の悪事を晒すのだけはやめてくれとな!」

安楽椅子から転げ落ちそうなほど大笑し、総白髪の老人は手にした羊皮紙の文書を握りしめた。
老い果てた面貌は、笑みに歪むとまるっきり亡者のそれだ。あらゆる場所に深く刻まれた皺のせいで、どこに目や口があるのかもよく分からない。

「誇りが何だと言ってみても、やはり自分の身が惜しいのよなァ。……のう。そうは思わんか、ミック」

愉快さが冷めやらない様子で老人は自分の背後に向かって問いかける。
対して、そこに直立していた少年……ミックは何の反応も示さなかった。先程からずっとそうしていたように、沈黙を保っている。

さながら執事のように厳粛に侍(はべ)っているが、幼さの残る顔立ちは仮面の如く無表情であり、何の感情も読み取らせない。
黒い短髪に黒いスーツという無個性な出で立ちも、彼が醸し出す無機質さに拍車を掛けていた。

「さあて……これで、この国に大魔導決選への出場志願者はいなくなった。ミック、お前を除いてな」

そう言うと老人は何やら虚空で右手を握りしめ、自分の膝元まで素早く引き下ろした。
次の瞬間、ミックの体が床へ崩れ落ちる。突然に後頭部を殴りつけられたかのようにも見える、恐ろしい勢いで。

動物の毛が使われた絨毯に額を擦り付け、ミックは小さく呻き声を上げる。
息苦しさに耐えながら自分の下半身の方を見下ろすと、痩せた首筋に先程までは見えなかった筈の物が浮かび上がっているのが見えた。

……光そのものを押し固めたような、真っ白い首輪である。

「後はお前がヘマをしなければよい。他の候補者たちを叩き伏せ、大魔導師になればよいのだ」

「…………」

「そして、次期議長に儂を指名しろ。何千回も教えてきたよなァ。ん?」

「……はい、お爺様」

先程までとは違って、反応を求めているらしい。敏感に老人の意志を察知し、ミックは小さく頷いて返答を吐き出した。

たった一言きりの肯定ではあったが老人は満足したようで、依然ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべて立ち上がる。

老人は安楽椅子に立てかけてあった杖を手に取り、ミックの後頭部を実に愉快そうに叩き始めた。
決して激しい痛みを与えず、しかし全く無視することもできないような絶妙な強さで。

「お前は、その為に儂の孫として生まれてきたのだ。勝つ為に、な」

「……はい、お爺様」

「案ずるな。勝てるだけの力は、その身にたっぷりと叩き込んでやったであろう?」

杖で頭を叩き、叩き、叩き続ける。時たま後頭部を押さえつけ、床に額を擦り付けようとさせた。
老人の行為はとても実の孫に対する扱いではない。ペットとするにもまだ低すぎる立場、害虫を弄ぶが如き扱いだ。

 

だが、ミックは何も言い返さない。抵抗もしない。黙りこくってそれを受け入れる。

「……そうだ、何も案ずることはない。議長の座は安泰だ……儂がこの世を統べるのだ」

曲がった腰元へと手を伸ばし、老人は服の内から何か板のようなものを取り出した。
幅にして40センチほどの、ひし形をした物体。角から角へと線が引かれ、その左側は橙色に、右側は白色に塗られていた。

「ほれ、これを着けよ。いつものようにな」

老人がそれを差し出し、ミックは顔も上げずに両手で受け取る。
そうして少年は、俯いたまま受け取ったものを額に当て、嵌めた。――そう、老人が差し出した物体とは仮面だったのである。

「……くふっははっ……。良い子だ。死んでも勝て。最終的には、お前は死んでも構わん」

最後に一度、髪型を崩すように杖先で側頭部を撫で、老人は部屋の外へと向かい始めた。
整えられた絨毯に皺を寄せ、扉は杖を叩きつけて開けるその態度。部屋を後で整える者の事など、まるで気にしていないのだろう。

「議長になった暁には……儂が全てを手にするのだ。そして、世界に宣戦布告し、全てを蹴散らさせるのだ……いひゃははははっ!」

哄笑する老人が室内と室外の境目を越えた途端、部屋を明るさで満たしていた燭台の火が消えた。
壁際に備え付けられた暖炉も、煙突へと黒煙を送り出して火を消してしまう。

この部屋の明かりは、もっと言えばこの家の明かりは、全てあの老人を中心に動くのだろう。
ミックからは見えないが、廊下の燭台には火が灯り始めているに違いない。

室内に独り取り残されて、ミックは気だるげに立ち上がった。
額に吸い付いてくるような仮面の感触が、あまりにも馴染んでいる。かれこれ10年近くも、祖父からの"教育"を受ける際に使ってきたのだから、それも当然か。

呼吸の為の穴は小さいが、息苦しさなど全く感じない。感覚と視界が狭くなった分、むしろ神経が研ぎ澄まされていくのが分かる。
それらの証拠に、彼は床に落ちた書物を迷いなく拾い上げ、的確に暖炉に放り込むことが出来た。

周囲の人間が何を思おうが、老人による孫への教育は成功していたのだ。
表情を消し、感情を隠し、しかし感覚は鋭敏に。老人の野望を阻む者を破壊する、傀儡として。

「…………」

おもむろに少年は自分の首へと右手を添えた。すると、細い指先が何やら灰色の光に包まれ始める。
その光に呼応してか、老人が彼に対して掛けた首輪の魔法が浮かび上がってきた。

躊躇なく、抵抗も感じず、ミックの指先はその白い輪を引き千切った。本来は術者にしか扱えない筈の、支配の証が砕け散る。

「……貴方の思い通りにはなりませんよ。……お爺様」

薄闇の中を、魔法の残滓である白い光が散っていく。粉雪じみて次々と絨毯に降り、痕も残さず透けて消える。
ミックはその最後の一片を狙いを定め、力を込めて踏みにじった。

「僕は……貴方を議長には選びません。それは、正義ではない」

仮面の中から覗く双眸が、暖炉の上に掛けられた祖父の絵画を睨み付ける。
底なしの蔑みを込めた眼差しだ。視線だけで人の心を壊さんとする、暗く淀んだ感情が浮かんでいる。

「……勝ちますよ。ですが、議長の座は……僕のものだ」

機械のようであった冷たい声に、最後の一瞬だけ強い力が籠る。

ミックの反逆は、大魔導決選の開催が決定するよりも先に、もう何年も前に始まっていたのだ。
自らを縛りつける首輪の魔法を解き明かし、支配を逃れた上で、彼の意志に従って戦いに挑む。

裏切るのは、勝利を掴んだ後でいい。最後の最後に、裏切り――地獄へ突き落す。

「待っていてくださいね。僕が、貴方に、魔法の下の裁きを与えます」

名前:シースミック=ウィンストン 性別:男 年齢:15歳

【外見】
身長はおよそ158cm。体重はおよそ42kgほど。

年齢性別といった個性を隠す為の黒いスーツと大きなハット、それから菱形の仮面を身に着けている。
仮面の下は年相応の幼い顔立ちだが、常に顔色は悪く、痩せてやつれているような印象を与える。
髪の色と目の色は、幼いころ魔法によって黒へ染められた。奴隷に生まれつきの個性は要らない、と言う彼の祖父の考えである。

【出自】
ミックは、彼の祖父が欲望の赴くままに作った子供達の、そのまた子供である。
物心もついていない頃に魔法の才能を見出され、祖父の脅迫によって両親の手を離れ、祖父の物となった。
それからは訓練と勉学と折檻の日々であり、人間らしい心は随分と前に死んでしまっている。
言われるがまま、祖父こそが絶対の正義にして人類史上最も偉大な人間であることを信じるだけの生き物になってしまったのである。

しかし長い年月を祖父の館で過ごしていく内に、彼はごく一般的な道徳に目覚めていった。
その源は館に届けられる新聞や、歴史について記した書物、それから祖父に虐げられる召使い達の悲嘆の表情などだった。
祖父が世界を支配する事などあってはならない――そう考えた彼は、少ない知識を必死に絞って反逆の方法を考えた。

そうして出てきた結論が、祖父に対して完全に従順であることだった。
祖父がミックの事を完全に信じ込み、重要な活動を委ねてしまえばそれで彼の勝ちだ。
あとは、失敗すればいい。最後の最後に、裏切ればいいのだ。
その点で言えば、彼は祖父に対して勝利しているも同然だった。大魔導決選の結果がどうあれ、祖父が次期議長にえらばれることは絶対に無いのだから。
反逆者としての勝利を手にした彼は、更に大魔導師と議長の座も手中に収め、祖父に対して報いを与えることを望む。
それさえも終わってしまった先には、国家の陰に隠れた全ての闇を暴き、罰することを目指すだろう。

【性格・考え】
大魔導決選に勝利すること以外の目的を持たない。それ以外の生き方を知らない、と言うべきか。
誰からの愛も受けず、人間としての幸福も掴めずに育ってきた以上、それは当然のことである。

しかしその分、決選に対する執念はおぞましいほどに深い。
祖父に言われるまでもなく、命など勝利に比べれば塵ほどの価値もない。
虐待じみた教育の成果もあり、自分の身を削って攻撃することに全く躊躇しない。
避けたり防いだりできない系統の攻撃は声一つ上げずに受けてみせ、即座に反撃に移ろうとするだろう。

執念の根底には小さな小さな正義があり、彼はそれを守る為だけに敗北を逃れようとしているのである。
彼に対して降参を要求するなら、議長には正しさを貫いてくれるような人間を指名することを約束しなければならない。

【魔法と技】
彼が扱うのは二つの季節、すなわち夏と冬の力を呼び起こす魔法である。
夏の力は太陽の光をより強烈な物に作り変え、敵対者の身体を焦がす。冬の力は虚空より冷気を巻き起こし、敵対者の歩みを阻んで彼を護る。

2つの力が同時に行使されることは殆どない。
お互いに中和し合い、結果的に片方の力だけを使った方が余程強くなってしまう為である。
故に、状況や敵対者によって2つを切り替えながら戦っていくのが彼の戦闘スタイルである。

彼はこの魔法の一部始終を制御できているわけではなく、より強い力を行使しようとすれば自分に被害をもたらしてしまうこともある。
その欠点が顕著なのは冬の力で、彼はずっと寒さに耐えながら戦い続けなければならない。

春と秋の力については行使できない。できたこともない。
こればかりは生まれつきの才能や性癖で決まってしまうので、彼にも彼の祖父にもどうしようもなかった。

/夏の力の技/

攻撃に特化している状態。下述の技以外にも多様な攻撃法を持つが、陽の光が届かない場所では使えない。

ヒーティング・サイト
半径2メートルの区域内の太陽光を強烈に強める。夏の力を行使している間は常に発動する。
常時発動の力ながら熱量は高く、紙などをこのエリアに少し置いておくと、火が付いてしまうほど。
このエリアは彼が指差して念じることで、人が歩くのと同じくらいの速度で移動していく。

ウィンドバーン
太陽光が秘めている熱を手の中にかき集め、熱風に変えて放つ。
攻撃範囲は横に広く、上手く扱えば自分の周囲を囲うように振り撒くことが出来る。
しかし距離による熱の減衰が激しく、5メートルも離れれば暖かい風という程度にしか感じない。

レイ
周囲の太陽光を指先に一点集中させ、放つ。
糸のように細い光であるが、その威力は僅か1秒で人間の体に穴を開けるほど。
だが、彼自身の肉体が耐え切れなくなるため、10秒以上の連続使用は不可能。
尚且つ、この技を使用した指は黒焦げの大火傷を負ってしまう。彼はそのことについて、「弾数は10発だけ」と語っている。

/冬の力の技/

防御に特化している状態。攻撃手段は乏しいが、持久戦にそれは必要ない。

コールドゲーム・コロシアム
自身の周囲に低温の竜巻を生み出す。冬の力を行使している間は常に発動する。
絶えることのない風は敵の接近を阻み、遠距離からの攻撃も減衰させる。更には急激な気温の低下により、体力を即座に奪っていくだろう。
ミック自身も寒波に晒されることになり、それで自滅はしないが激しく動き回ることは出来なくなる。

ホワイトウォール
冷気を凝縮、地面から氷の壁を生やす。幅や長さは調節可能だが、常に地面からしか発生しない。
発生が恐ろしく速いことと引き換えに、1つの壁は5秒より長く形を維持していられない。
その性質を逆に利用し、柱や壁を相手に向かって倒す攻撃なども使う。むしろ、冬の状態ではそれが主力である。

/両方を合わせた技/

頭を絞り、何とか両方の利点を殺さずに使えないものかと考えた2つの技。実に強力な、奥の手として仕上がった。

デッドライン
自分から相手への直線を境目にし、夏と冬の力を同時に開放する。
強烈な温度の上昇と低下は何とか中和し合うが、その過程で発生する反発は強烈な圧力となり、線上に物を引き寄せると同時に押し潰す。
2つの力を拮抗させるには凄まじい集中力を要する為、その他の攻撃や防御は出来ない。技を継続していられる時間も長くはない。

レンズ・レイ・スレイ・レイン
薄い氷の壁を自分の目前に展開、そこに強化した太陽光を当て、細い光線に変えて放つ。
単発の『レイ』のように発射角度を変えることは出来ないが、数本が照射され、威力もまた絶大。
例え鏡によって防ごうとしても、一瞬にして表面を溶かされ貫かれてしまうという。
『レイ』とは違い、指一本では足りず片手を丸ごと犠牲にしなければならない。まさに最終手段である。

【 所属国家設定 】:
ローツエインという名の国。魔導国家連合の総本山がある国の隣国である。
規模としては、魔導国家連合に参加している25か国のちょうど中間程度。

この国では、魔法の研究は他の何よりも優先されている。
『優秀な魔法使いこそが優秀な人間である』。魔導国家連合の思想をより極端にしたような思想が根付き、人々を勉学に駆り立てている。
誰もが魔法学にばかり傾倒しているせいで、食料の生産や建築、その他生活の為に必要なものは他国に頼りきりである。
だがそれを補って余りあるほど、この国から輩出される人材は優秀な魔法使いばかりなのである。

ミックの祖父は、生まれ育ったこの国の極端な性質を悪用した。
犯罪に対する対策がない内に、多額の金によって外部からスパイを雇い入れ、あらゆる人間の弱みを握ろうとしたのである。
今や国内の有力者の殆どは彼に逆らえないとされ、実質の支配者は彼であるともいえる。
大魔導決選の代表も、彼からの圧力によってシースミック1人に限定されたも同然である。
尤も、当の彼はこの国の事を世界征服への橋頭保としか考えていないらしく、内政に対して干渉することはそれほどない。

 

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